ありがとう と さようなら と ― 2012/08/15 23:00
8月10日16時少し前にごんちゃんが永眠しました。
享年満16歳? 17年目に入って一ヶ月半のことでした。
3月に脳腫瘍(CTスキャンをしていないので、確定ではありませんが)に倒れて5ヶ月。でも、その5ヶ月間も以前の元気さはなくなってしまったけれど、ちゃんとご飯も食べて、朝夕の散歩に出掛けてはご近所さんに「あら、ごんちゃん」と声をかけられていたので、長患いという言葉は似合わない気がする。
でも、僕たち家族にとっては、『大往生』という言葉もしっくりこないんだよね。だから、やっぱりただ一言『永眠』なんだと思う。
8日の夜。再び、発作がごんちゃんを襲う。時間的には短くてもどこかで「もう起こらないんじゃないか。起こらなかったらいいな」と思っていた僕たちにはショックな出来事だった。
うん。そうだね。お薬を飲んでずっと大丈夫だったから「もしかして」なんて良いことばかり考えていた……というより、連日の暑さの方を心配していた。
その日は、運悪く掛かり付けの獣医さんがお休みの日。
(嗚呼、ごんちゃん、また水曜日かよ)
そんなことを思ったのは、3月の時も水曜日に酷い発作が起こって玉造の夜間救急まで走ったから……。
ダメ元で母親が獣医さんに連絡をしたら、診てくれるとのこと。
本当にこの獣医さんには感謝だ。すごく丁寧に患者さんと接してくれる。
妹にも連絡して、とりあえず病院に向かう。
獣医さん曰く。
「脳腫瘍が進行して、脳を圧迫しているのでは?」
炎症を抑える注射をしてもらって帰宅するけれど、また続けて発作が起こる。
普段はあまり鳴かないのに苦しそうにキャンキャンと鳴く。脳が痛いのかずーっと家の中を歩き回る。
一度、夜間救急に連絡したけれど、どうすることも出来ないと言われ、ただ見守ることしかできない。
明けて9日。父親が見守る中、リビングでごんちゃんが横になっている。歩き疲れてしまったのか息が荒い。でも、散歩に行きたいのか、一生懸命立とうとするが立つことが出来ない。
3月のことが鮮明に浮かび上がる。
(嗚呼、今度こそ本当にお別れかも……)
9日は、本当はお盆休み前の最後の出勤日だったんだけれど年休を取って、再び病院へ。
「左半身が麻痺しているみたいですね」
診察室に入った途端に聞こえた台詞。
嗚呼、だからごんちゃん立てなかったんだ。つらかっただろうな。
右半身は反応するけれど、左半身が反応しないらしい。これも脳腫瘍からきている症状。
獣医さんから入院を言い渡される。一応、11日まで。それまでに治療を施してくれるとのこと。
診察台の上でぐったりなごんちゃん。いつも診察台から早く降りよう、早く降りようとリアクションを取るのに、もうそんな体力もない。ただ頭が痛いのか、時々ヒャン、ヒャンと切なく鳴く。
確かにこんなごんちゃんを連れて帰っても素人の僕たちには何も出来ない。それなら、入院してちょっとでも元気になってくれれば……。
獣医さんに聞いたらお見舞いはOKということだったので、翌日の朝にお見舞いに行くことにして帰宅。
以前、トリミングで置いて帰ったときは「えっ? 僕は? 僕は一緒に帰れないの?」とびっくり眼で僕と父親を見たのに、もう今回はそんな余裕もない。診察室を出た後も診察室の中で苦しそうに鳴くごんちゃんの声が聞こえた……。
10日の午前中。妹とごんちゃんのお見舞いに行く。
ごんちゃん、ゲージの中で静かに寝ていた……というか、眠らされているって感じ。僕たちが来たっていうのも分からず。
獣医さんに容態を伺ったら「悪い方には向いていない。もう少し(僕としては)治療したい。明日は治療方針を相談したい」とうれしいことを言ってくれた。
実は、家では安○死の話も出ていて、それはまだ考えなくても良いような感じだった。
安心して家に帰り、両親に報告。
両親もそれを聞いて喜んでいたのに、16時前に病院から電話が入り、容態が急変したとのこと。
慌てて病院に駆けつけたが、既に永眠した後だった。
獣医さんに様子を聞くと発作はなく、静かに眠るように息を引き取ったらしい。
確かにごんちゃんの顔を覗くと寝ているような顔つきだ。苦しまずに息を引き取ったのがせめてものの救いだ。
うっすらと目を開けているごんちゃん。妹が獣医さんに聞いたら「犬は目が大きいから瞼がしまらない」らしい。なおさら、家でうたた寝しているように見える。
家に戻ってきて寝かせていると鼻と口から体液が出てきた。でも、それ以外は本当に寝ているみたい。むくりと起き出すような錯覚に襲われる。でも、やっぱり体が硬くなっている。死後硬直……。
ごんちゃん、やっぱり天国に行ったんだね……。
夕方、買い出しに行く途中でごんちゃんの竹馬の友ピッピちゃんを見掛ける。散歩に行く前なのか行った後なのか、とりあえず一人で庭先にいる。
分かってくれるかどうかわからないけれど、とりあえずごんちゃんが天国に行ったことを告げる。
「ごんちゃんの分まで長生きしてね」
11日。市内の火葬場にごんちゃんを連れて行く。ペットのお葬式等を行ってくれる会社もあると聞くけれど、僕たちの家族は前者を選んだ。
要は心の問題だから……。
家にごんちゃんはいない。でも、時々床を爪が弾くような音がすると無意識に「ごんちゃん?」と思ったり、夕暮れ時に「涼しくなったから、ごんちゃんのお散歩タイムだな」と思ったり……。16年間も一緒にいたらそうなってしまうよね。前の犬が天国に行ったときもそうだったなぁ~。
前の犬もごんちゃんも最期の瞬間に居合わせることが出来なかった。それは飼い主としてどうなん?と思ってしまうけれど、その反面、ホッとしている自分も確かに存在する。大好きな彼たちだから、その最期を見るのが辛い。もしかしたら、彼たちもそれを慮って家族の見えないところで息を引き取ったんだろうか?……そう思うのは、僕のエゴ?
長々と書いてしまいましたが、本当にごんちゃんに感謝です。
いろいろと日和見なところがあって『義理と人情がない』と言われたけれど、家族の中で緩和剤的な存在であったことは確かなこと。
悔いが残っていないとは全然言えないけれど、出来ることはしたと思うから笑顔で彼を見送りたいと思います(当分は、思い出して悲しくなると思うけれど……)
ごんちゃん、今までありがとう! とても楽しい16年間でした。そして、さようなら。天国でおばあちゃんと仲良くね。
享年満16歳? 17年目に入って一ヶ月半のことでした。
3月に脳腫瘍(CTスキャンをしていないので、確定ではありませんが)に倒れて5ヶ月。でも、その5ヶ月間も以前の元気さはなくなってしまったけれど、ちゃんとご飯も食べて、朝夕の散歩に出掛けてはご近所さんに「あら、ごんちゃん」と声をかけられていたので、長患いという言葉は似合わない気がする。
でも、僕たち家族にとっては、『大往生』という言葉もしっくりこないんだよね。だから、やっぱりただ一言『永眠』なんだと思う。
8日の夜。再び、発作がごんちゃんを襲う。時間的には短くてもどこかで「もう起こらないんじゃないか。起こらなかったらいいな」と思っていた僕たちにはショックな出来事だった。
うん。そうだね。お薬を飲んでずっと大丈夫だったから「もしかして」なんて良いことばかり考えていた……というより、連日の暑さの方を心配していた。
その日は、運悪く掛かり付けの獣医さんがお休みの日。
(嗚呼、ごんちゃん、また水曜日かよ)
そんなことを思ったのは、3月の時も水曜日に酷い発作が起こって玉造の夜間救急まで走ったから……。
ダメ元で母親が獣医さんに連絡をしたら、診てくれるとのこと。
本当にこの獣医さんには感謝だ。すごく丁寧に患者さんと接してくれる。
妹にも連絡して、とりあえず病院に向かう。
獣医さん曰く。
「脳腫瘍が進行して、脳を圧迫しているのでは?」
炎症を抑える注射をしてもらって帰宅するけれど、また続けて発作が起こる。
普段はあまり鳴かないのに苦しそうにキャンキャンと鳴く。脳が痛いのかずーっと家の中を歩き回る。
一度、夜間救急に連絡したけれど、どうすることも出来ないと言われ、ただ見守ることしかできない。
明けて9日。父親が見守る中、リビングでごんちゃんが横になっている。歩き疲れてしまったのか息が荒い。でも、散歩に行きたいのか、一生懸命立とうとするが立つことが出来ない。
3月のことが鮮明に浮かび上がる。
(嗚呼、今度こそ本当にお別れかも……)
9日は、本当はお盆休み前の最後の出勤日だったんだけれど年休を取って、再び病院へ。
「左半身が麻痺しているみたいですね」
診察室に入った途端に聞こえた台詞。
嗚呼、だからごんちゃん立てなかったんだ。つらかっただろうな。
右半身は反応するけれど、左半身が反応しないらしい。これも脳腫瘍からきている症状。
獣医さんから入院を言い渡される。一応、11日まで。それまでに治療を施してくれるとのこと。
診察台の上でぐったりなごんちゃん。いつも診察台から早く降りよう、早く降りようとリアクションを取るのに、もうそんな体力もない。ただ頭が痛いのか、時々ヒャン、ヒャンと切なく鳴く。
確かにこんなごんちゃんを連れて帰っても素人の僕たちには何も出来ない。それなら、入院してちょっとでも元気になってくれれば……。
獣医さんに聞いたらお見舞いはOKということだったので、翌日の朝にお見舞いに行くことにして帰宅。
以前、トリミングで置いて帰ったときは「えっ? 僕は? 僕は一緒に帰れないの?」とびっくり眼で僕と父親を見たのに、もう今回はそんな余裕もない。診察室を出た後も診察室の中で苦しそうに鳴くごんちゃんの声が聞こえた……。
10日の午前中。妹とごんちゃんのお見舞いに行く。
ごんちゃん、ゲージの中で静かに寝ていた……というか、眠らされているって感じ。僕たちが来たっていうのも分からず。
獣医さんに容態を伺ったら「悪い方には向いていない。もう少し(僕としては)治療したい。明日は治療方針を相談したい」とうれしいことを言ってくれた。
実は、家では安○死の話も出ていて、それはまだ考えなくても良いような感じだった。
安心して家に帰り、両親に報告。
両親もそれを聞いて喜んでいたのに、16時前に病院から電話が入り、容態が急変したとのこと。
慌てて病院に駆けつけたが、既に永眠した後だった。
獣医さんに様子を聞くと発作はなく、静かに眠るように息を引き取ったらしい。
確かにごんちゃんの顔を覗くと寝ているような顔つきだ。苦しまずに息を引き取ったのがせめてものの救いだ。
うっすらと目を開けているごんちゃん。妹が獣医さんに聞いたら「犬は目が大きいから瞼がしまらない」らしい。なおさら、家でうたた寝しているように見える。
家に戻ってきて寝かせていると鼻と口から体液が出てきた。でも、それ以外は本当に寝ているみたい。むくりと起き出すような錯覚に襲われる。でも、やっぱり体が硬くなっている。死後硬直……。
ごんちゃん、やっぱり天国に行ったんだね……。
夕方、買い出しに行く途中でごんちゃんの竹馬の友ピッピちゃんを見掛ける。散歩に行く前なのか行った後なのか、とりあえず一人で庭先にいる。
分かってくれるかどうかわからないけれど、とりあえずごんちゃんが天国に行ったことを告げる。
「ごんちゃんの分まで長生きしてね」
11日。市内の火葬場にごんちゃんを連れて行く。ペットのお葬式等を行ってくれる会社もあると聞くけれど、僕たちの家族は前者を選んだ。
要は心の問題だから……。
家にごんちゃんはいない。でも、時々床を爪が弾くような音がすると無意識に「ごんちゃん?」と思ったり、夕暮れ時に「涼しくなったから、ごんちゃんのお散歩タイムだな」と思ったり……。16年間も一緒にいたらそうなってしまうよね。前の犬が天国に行ったときもそうだったなぁ~。
前の犬もごんちゃんも最期の瞬間に居合わせることが出来なかった。それは飼い主としてどうなん?と思ってしまうけれど、その反面、ホッとしている自分も確かに存在する。大好きな彼たちだから、その最期を見るのが辛い。もしかしたら、彼たちもそれを慮って家族の見えないところで息を引き取ったんだろうか?……そう思うのは、僕のエゴ?
長々と書いてしまいましたが、本当にごんちゃんに感謝です。
いろいろと日和見なところがあって『義理と人情がない』と言われたけれど、家族の中で緩和剤的な存在であったことは確かなこと。
悔いが残っていないとは全然言えないけれど、出来ることはしたと思うから笑顔で彼を見送りたいと思います(当分は、思い出して悲しくなると思うけれど……)
ごんちゃん、今までありがとう! とても楽しい16年間でした。そして、さようなら。天国でおばあちゃんと仲良くね。
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